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東日本大震災【1】~震災と私の制作~

シルバージュエリーデザイナー・千葉香の公式ブログです。アートクレイシルバー&彫金教室、創作ジュエリー制作・販売をしています

東日本大震災【1】~震災と私の制作~

あの日から全てが変わった・・・・ 3月11日。今日で13日が過ぎる。

今は仕事どころではない。この文章も書くという事が重い。

何からどこまで、どうまとめたら良いのか億劫なる…。



元々ここ1か月は仕事が出来ない事情にあった。家族が入院していた。

押し迫った制作、山積みの仕事、 3ヶ月で120点作らなきゃ…

静寂の時間に独りきりで、銀と向き合う制作の時間が大好きだ。

制作は私自身の中にある、代わる者はいない。

その心の重圧に耐えても守りたい家族がいる。

やっと明日から制作に打ち込める……そんな退院の日に、

帰宅の新幹線の仙台駅で大地震は起こった。



ウィンドウのガラスは割れ、無数のナイフの様に襲い掛かり、

マネキンの首はゴロゴロ逃げる路を塞いだ。

中学・高校と通い慣れたぺデストりアンデッキはウネリ割れ始め、

人々は奇声を上げて逃げ場を探した。

背高のっぽのゴーストが周囲を囲んだ様な高層ビル群は揺らめきあい、

今にもこちら目掛けて倒れそう、、、

無人の車はよれよれと動きだし、新幹線は倒れ、

線路は折れていた、ホームは潰れた。

長~~~い地震だった。



一番の心配は、娘を独り盛岡に置いて来たこと。

「学校が終わるまでには帰るね~」と言って仙台に向っていた。

学校にも本人にも、誰にも全く連絡が付かない。早く帰りたい!

長女はスペインから帰れずにいる。 バスもタクシーも新幹線もダメ

どうやったら盛岡に帰れるんだろう…



こんな時に冷たい雪が降って来た。

寒い 娘が心配 怖い どうしよう…、の繰り返し。

「私達に万が一の事があったら娘を御願いします」と

お寺の友人に何度も何度もメールするが届かない、返信はない。



心配なまま、私は揺れながらひたすら歩いた。

兄弟と叔父の居るK病院の医局で、2昼夜、避難させて頂いた。

水道、ガス、電気、交通、全てが遮断された中でも、

あったかかった、有り難かった。

でも、これからもっと恐ろしい津波、原発事故の二次災害、

家族の残酷な体験、が続くとは知らずに居た。

私なんてまだまだ幸せな方だ。



娘の安否が心配で心配で、家族誰一人おらず停電で

余震の中一人ぼっちで何日も居るかと思うと、心が張り裂けた。

我慢出来ず、車を借りて夜中に盛岡に向う事にした。

信号がストップしており 至る所で交通事故、

停電で明かりは車のライトだけ、

震源地だった栗原を通り、5時間かけて盛岡へ帰った。



娘は無事だった。 お寺さんの友人が、

あったかく~あったかく迎えてくれていた。

友人宅のおばあちゃまは

「この何日だけは孫が2人になったみたいで嬉しかった」

などと、あったかい言葉に思わず涙した。

避難グッズ、非常食など我が家の分まで並んで買い置きしてくれていた。

手作りのお惣菜まで手渡してくれた。本当に有り難かった。

娘を守ってくれて、命を救ってくれて、

感謝の仕様もない程、ありがとうございます。

やっと家族で眠れる…、…この夜が幸せだった…



ところが…、 一本の電話が入った…

心が本当に痛いのはこれからだった…


私の実家は仙台から南に少々の海の街で

何代か続く医院を開業している。その崩壊の連絡と共に、

家族がなんと、運悪く浜辺でライフセービングの指導を大学生にしており、

まさしく浜辺で大津波に遭遇した事を聞いた。



逃げれば良いのに、仲間を助け、釣り人を助け…、

そして逃げ遅れ、大津波にのまれ…、

低体温になる中、第2波、第3波にのまれながら

自力で「火の呼吸」をしながら8時間も泳ぎ、奇跡的に助かった。



凄い生命力と、生きたいと言う執念。 生きている今に心から感謝した。

誰もが一人一人大切な命だから。

原爆を思い起こす様な情景、

木にぶら下った遺体、

波間を漂う無数の遺体…。

家族が話す、体験した事のない凄まじい大津波の話は、

私には怖くてまるで映画の様だった。

その家族は今は盛岡で一緒に過ごしている。




盛岡の街は沿岸よりは被害が少ないからか、

一見いつもの街に見えてしまう。

心に悲しみを抱えたまま、誰もがいつもの生活を取り戻したくて

普通を装い、普通に頑張ってる気がする。

いつもの制服の銀行員が窓口で笑顔で迎えて、

いつもの公園の椅子にはいつも見掛けるお年寄りが座っていて、

いつもと同じようにアトリエ前を流れている中津川では白鳥が戯れている。

私は人より変らない何かを望んでいる人かも知れない。



この世の中、変らないものを見つける方が大変だけれど、

変化は成長の時だけれど、

基盤だけは揺ぎ無いものであって欲しい人かもしれない。

変化が=別れだったりすると、その別れが最も辛くて苦手かもしれない。

今は大変なのか 疲れているのか 何も感じない、麻痺している感じがする。

灯油も全くなく寒い、ガソリンも無く動きも取れない、

物資も並んで調達し、店はシャッターが下り、開けても早終い、

皆、余震の中心配して小さくなって暮らしている。



Image044.jpg 地震以来、怖くて行けなかった 

我が城アトリエに恐る恐る行ってみた。

無事で安心した。

途端に仕事モードになった。

大震災で当公式サイトでの

発表が遅れましたが、

「ジュエリー アルチザン」と題し、

7月13日~19日に銀座 三越  にて個展が決まっている。

私自身、希望に満ち、意欲に満ち、とても楽しみにしていたけれど…

実際これから制作して間に合うのだろうか…

果たしてこれから、人様に喜んで頂ける作品を作れるのだろうか…

頑張って120点作ったとして、沢山の方々に来て頂けるのだろうか…

沢山の方々に見て頂けるのだろうか…

成果はあげられるのだろうか…


Image044.jpg 私にとって大切な制作

(ジュエリーと言う形状の心の表現)は、

私自身であるけれど、

生死に関わる大震災の今、

余りに必要の無い物で、、、

奇跡の生還を遂げた家族と

共に過ごしている今、

まだまだ被災者の中におり、 いつもの様に制作しようとしても、

人として後ろ髪引かれてしまう。 心が麻痺して、絡まった糸を

冷静に淡々と解いている毎日。 でも少しずつ 少しずつ、

考えなくても良い 単純な流れ作業のパーツ制作から始めた。

東洋パーツ こんな時こそ、私の代表作の 東洋シリーズ、

菊のモチーフを 今600個ひたすら作っている。

日本女性の美しさを表現している 東洋シリーズ、心が折れそうな時も、

沢山の犠牲者のご冥福を祈り、 沢山の被災者が、

早くいつもの 毎日を過ごせます様に…と、心を込めて作っている。



その600個のパーツが大輪の華になり表現される美しさを、

なんとか、是非、銀座三越の個展で、沢山の方々に見て欲しい…。

それが今の私の願いです。


沢山の方々にお見舞いのメール、ご連絡を頂きました。

心より感謝申し上げます。 千葉 香は大丈夫です☆ 元気です。

「決して諦める事無く、前進あるのみ」これが私のモットーですから。

次にお会いする日は笑顔で

「~ジュエリーアルチザン~千葉香 個展」 記事はコチラ





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